25協会



 馬車にのってたどり着いたのは、石膏色の建物だった。門の前に横付けして、最後に降りる。ユクさんに手を借りて着地したんだけど、驚いた。馬車は私たちだけではなかったのだ。馬車の種類こそまばらなんだけど、道の脇に今あるだけでも五台。同じような黒い服を着た、大小さまざまの人が下車している。客を降ろした馬車はそれぞれ帰って行ったり、建物の横の黒い屋根の中に入っていったりした。駐車場みたいなものがあるのかなあ。
「あー……いつ乗っても疲れる」
 イーシャが伸びをすると、トリトさんが名前を呼んでたしなめる。なんで? って思うけれど、すぐにわかった。ざわりと久々のいやな感じ。そこにいるほとんどの視線が、いっせいにこちらに集まったのだ。
「いくよ」
 私が背中にいやな汗を掻いた時、イーシャがすっと手を引いてきた。そのまま歩き出す。衆目が怖くて、私は慌ててイーシャの後に従った。


 外観と同じの白塗りの廊下を一列になって歩く。小さな窓が等間隔に開いている。そこから庭が見えた。
 ――蛇の像。その横に、人型の像が立っている。門とは逆の方向を、睨むように見据えていた。
目を引かれて歩みが遅くなる。
「……蛇と人形師」
 イーシャが気付いて、それだけ言うと、早く来いというように繋いだ手を引かれた。
 廊下の突き当たりに窓がある。少しだけ枠の大きいその向こうに、平野と、聳える黒山のような森が見えた。何だか胸の奥が苦しくなる。イーシャと繋いだ手をすごく意識した。

 イーシャに従うまま右へ角を曲がると、すぐ先に木製の扉があった。彼女は私の手を離し、二階扉を叩く。
「イーシャ・マルクス。参りました」
 マルクス。苗字なんだろうか。初めて聞いた。
 イーシャの名乗りに、扉の向こうでざわめきが起こる。言葉の無いうめきのような、たくさんの人の気配。直感的に、門の前で集まった視線の主たちだとわかり、私は引き返したくなった。中に入るのはイーシャだけだったりしないのかな。そうであれ!
 私の小さな願いは、開いた扉と、イーシャに続いてためらいなく中へと踏み入るトリトさんたちによってあっさり砕かれる。早くして、となぜか笑いながら小声でヘイミイさんに促されて、おっかなびっくり部屋の中へ入る。

 ――死んだ、と思った。

 教室を二つ繋いだような広さのその空間で、縦長の机に向かい合うように着席する視線がいっせいに集まったのだ。先頭のイーシャがさっさと末席に腰を下ろすと、その後ろのスペースに私たち蛇は並ぶ。イーシャと同じように椅子に座るのは、それぞれの机に十人ほど。その背後に立つ人数は、多くて六人、少なくて二人。たぶん座ってるのが人形師で、立たされているのが蛇人形なんだろう。皆一様に黒い服を着ているが、人形師は黒、赤、緑、白と、色やデザインに規定はないようだった。

 その総勢うん十人の視線がすべてこちらに集まったのだ。しかも、イーシャを認めた後、流れるように後ろの、たぶん、ていうかぜったい、私に視線が映った。
 次の一行が到着するまで、その集中砲火をあびたせいで、私は気力をごっそり削られていた。せめて声を掛けられた方がマシだと思ったけれど、誰も人に聞こえる声で何か言葉を発したりすることがなかったので、たぶん喋ってはいけない決まりがあるんだろう。
 イーシャはよく平気だな、とその背中を窺う。小さな肩。他に座る人形師たちは、皆彼女よりも年上のようだった。エリート、なんだろうなあ。癖のある黒い髪は、櫛でとかれてつやつやだし、肌だって実は白い。今は見えないけれど、あの意志の強そうな黒い目は、引け目とか、全然感じさせないと思う。イーシャって、すごい子だ。


 男性に女性、ヘイミイさんくらいの子供まで、蛇にはバリエーションがあるけれど、人形師の中ではイーシャが一番若いみたいだ。

 ――ん?

 視線を感じて部屋の奥の方に目をやると、そこに座っていた男性が、口を開いた。
「これより特例会を開始します。人形師並びに蛇形の皆様には、急な召集にお集まりいただき、感謝いたします」

 そんな口上でこの特例会とやらは始まった。

 いわく領内でも辺境の区画で鬼が現れた。近頃は他の地域でも出没の頻度が上がっている。出動要請は増えるだろうけれど、承知してほしい。という内容だ。おしらせとお願いが、この会の主題であったらしい。
 私たちを含め蛇人形は、どうやらここでは立ったままらしい。
 鬼という言葉にはじめは胸が痛いくらいに逸ったけれど、その後は各人形師の近況をそれぞれ簡単に述べるという流れになった。
 あとあと役に立つかもしれないと思って始めの二三人は真面目に聞いたけれど、どこそこの誰某とお茶会で同席したとか領主主催の立食会に呼ばれたとか、そういう今ひとつ身のない話が続いた。
 溜め息とともに目を落とすと、正面の人形師の後ろにいた男の子と目があった。赤銅色の髪と目をしている。シャープで気の強そうな顔立ちに私は気後れするけれど、驚いたのは向こうも同じらしく、ぱっと顔を逸らされてしまった。
 すぐあと、彼の主人であろう人形師の報告順位が回ってきた。人形師は簡単に現状報告を行うと、後ろにたつ銅色の少年の横に立ち上がる。
「お披露目というほど大層なものではないですが、――レイグ」
 レイグ、と呼ばれた彼は、目を閉じて胸に手を当てる。簡単な会釈だ。
「ありがとう、レイグ」
 開会を宣言した長老然とした男が、にっこりと笑う。
「同士が加わるというのは、喜ばしいことですね」
 同士……新しい蛇、ということなのかな。
 ん?
 ということは。

 先ほどの人形師の向かいに座る人物――イーシャは立ち上がると、前触れもなく後ろに立つ私の腕を引っぱった。
 ――わっ。
 私が驚いている間に、彼女は私の名前をさらっと告げて、目配せしてきた。
 あいさつしろ、ということだよね。
 私は胸に手をやり簡単に頭を下げた。つまりさっきの男の子の真似をした。イーシャにはそれで十分だったのか、私の肩を後ろへ下がるようたたくと、自分はさっさと席に着いた。
 ――びっくりしたけど、すぐ終わっちゃった……。
 開会を注げた人物と何か簡単に交わすと、形式的なこと以外はなにも口にする予定もないイーシャから、早々と次の人形師へ順が移る。イーシャの後に話す人たちは、気のせいか、前半よりも語りがコンパクトだった。そのくせ、ちらちらその視線をイーシャに向けている。彼女が仲間からも意識されているのはよく分かった。

 閉会が告げられると、イーシャはさっさと席を立つ。周囲の話しかけてこようとする気配に気付いていないわけは無いから、もしかするとその相手をするのが嫌で急ぐのかもしれない。

 真っ直ぐな通路をずんずん進む。先ほどの部屋からかなり離れたところで、先を行くイーシャが私を呼んだ。
「私はまだ用事があるから。ハルは待ってて」
「用事?」
 振り向いたその顔は渋い。楽しくない用事なんだろう。その内容について触れていいものか悩むうちに、たどり着いた小部屋に放り込まれる。あとの三人も入るんだろうと待っていたら、ヘイミイさんがひらひら手を振った。
「じゃあね」
「鍵はイーシャが持っていますから」
 続いてトリトさんがしれっと言った。私がぽかんとすると、ユクさんが苦笑を浮かべて、ぽんぽん、と頭をはたく。
「すぐ戻るからね」
 久しぶりに目があった、と驚く間に、頑丈そうな扉が閉じられる。一応柄をひねってみるけれど、抵抗があって振り切れない。押しても、引いても、「開けゴマ」とつぶやいても、重たい木の扉はうんともすんともいわなかった。

「……私、逃げたりしないのにな」
 戻りたい、とは強く思うけど、なりふりかまわず飛び出す勇気はない。

 小部屋はぐっと高いところに着いたこぶし大の通気孔のほか、窓ひとつない。他人に聞かれたくない話し合いにはいいのかも。
 丸いテーブルにはクッキーの盛られた皿と水差しがある。椅子にすわり、背もたれに沈むと、私は白くて、中央がへこんだ天井を見上げる。中から風船でも膨らませたみたいに丸く押し出された天井は、壁と同じの無機質な色と、押し込められたような圧迫感を和らげるのに役立っているみたいだ。

 ここへきて結局、人は鬼が嫌い、怖い、憎いと、教えられた通りの答えしか私は得ていなかった。
 本当にみんなそうなのかな。
 そうだとして、変える方法はないの?


 ぼんやりとしながら、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。
 金属の擦れ合う音が扉から聞こえた。とっさに立ち上がって、窓を背中にする。
 身構えたのは直感だったけれど、扉が無言で開いた時、自分の警戒の理由がわかった。イーシャたちだったなら、一声かけてくるはずだからだ。

 侵入してきた男は、私よりも少し高い位置からこちらを眺める。同じく黙って見返すと、鼻を鳴らした。
「来い」
 腕を引こうと伸ばされた手をかわして、私は後ずさる。
「あなた、誰ですか?」
 私の行動に虚をつかれたみたいに一瞬男は目を見張る。こちらが良い感情を抱いていないことを悟ったのか、その表情はわかりやすくゆがんだけれど、すぐに唇に笑みを結ぶ。
「お前の主人が呼んでいるんだ。急ぎだから、早く行くぞ」
 背中がもぞつくような猫なで声。あからさまな豹変だ。こちらが気づかないとでも思ってるんだろうか。なんにしても不気味である。
「イーシャが? 本当に?」
「ああ、本当だとも」
 私は思案する。正しくは、そうする振りをしながら時間を稼ぐ。男の背後の扉は開いたままだから、叫べば助けがくるかも。
 それでだめなら、自力でどうにかする?
 だけど、いくら蛇だといっても、実戦経験なんてない。そもそもこの男が人がどうかもわからないんだから、走っても逃げられないかもしれないし。
 人だったとして、怪我をさせたりとか、それがなくても、実は偉い人だったりするかもしれない。機嫌を損ねて、もしかしたらイーシャの立場が悪くなったりするかもしれない。
 だけどそうすると、助けを呼ぶのもダメになる?

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